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会社を2週間も休んでいる状態は初めてのことです。
毎日、ボーっとしているわけではないのですが、役所関係とかの煩雑な手続きなどをするには
休んでいる状態の方が何かとやりやすいのです。
とはいえ、以前の私なら、何をおいても仕事優先にしていたはずですが、
どうにも気力が沸きません。
本当なら今月いっぱいは介護でお休みのはずだったことを思うと、
早々に出社すること(出社できる状態になってしまったこと)に抵抗感があるのかもしれません。
でも来週からは復帰しようと思っています。


1月31日 朝
妹が姪っ子と一緒に母の愛犬を連れてくると連絡がありました。
愛犬は柴犬のヒメちゃんです。
母が入院してから、一人暮らしならぬ、ひと犬暮らししていました。
何とか母に会わせてあげたい、と、ウチにお見舞いに連れてくることになりました。

この日は冬の冷たい風が強く、老犬のヒメにはちょっと大変なのでは?と思いましたが、
なんとなく虫の知らせだったのかもしれません。20200213-001.jpg


母はヒメを見た途端、明らかに表情がパーっと明るくなりました。
驚いたことに手を出して、ヒメの頭を撫で撫でしたのです。
この数時間後に亡くなるとは思ってもみませんでした
image.jpg

ヒメちゃんが帰った後、しばらく母はうとうととしていました。
呼吸しながら、喉の奥でゴロゴロ言う音がしました。
事前に調べていましたが、死期が近いのだ、ということを悟りました。
この日は金曜日でしたが、週末越えられるかな。。と思いながら、
何故か冷静に落ち着いている自分がいました。
不謹慎のようですが、母の横でノートPCを開いて仕事をしつつも、
亡くなった後はどういう事をすればいいのか?をネットで調べていました。

私は3姉妹の長女です。
今はパパさんも海外出張に出たばかりで留守です。
この間に万が一のことがあれば自分が先頭だって行動しなければならない。
その時に私がしっかりしなければ、妹たちや子供たちはどうすることも出来ないだろう、と思っていました。

11時ごろに訪問看護士さんが来てくれました。
優しく母に話しかけながら、血圧や脈を診てくれました。
そして、トイレに行くことは身体の調子がもう少しよくなるまでやめて、オムツでした方がいいですよ、と
本当に優しく諭してくださいました。
母も頷いていました。
オムツの中に敷くパットが必要ということで、妹があとで買いに行くことになりました。
ひと通り看護士さんによる診察が終わった後に、別の場所に移動して、
今の母の状態について、正直なところを聞かせて欲しいと言いました。

「会わせたい人を呼ぶ段階でしょうか?」 と聞くと、
「そうですね」と
血圧が測れないくらい低い状態(おそらく上が60もないくらい)、そして脈も頸動脈以外は振れないとのことでした。

ネットで調べた知識を元に、質問したのですが、
「今、ここで亡くなった場合はこのまま最後をここで迎えていいのでしょうか?」

すると、「現段階では救急車を呼び、病院での死亡確認をしなければならないです。」と。
そして続けて、「ただし、訪問診療の契約が済んでいればご自宅で看取ることが可能ですので、
至急その手続きをしてしまいましょう!」と。

前日退院したばかりの病院へ行き、訪問診療の為の書類を主治医に記入してもらい、
それをもって訪問診療のサービスとの契約を結ぶのを、最短で本日午後に済ませる、とのこと。
看護士さんからも病院のケアワーカーさんに連絡してもらい、すぐに対応していただくように頼んでいただきました。

早速、妹が申請書類の提出の為に病院に出かけました。
出来上がり次第、連絡します、と病院側から言われたので、一旦帰宅してきました。

しばらく妹と2人で母の顔を見ていましたが、良く眠っているようだったので、妹も昼食の為に家に戻りました。
すぐに北海道にいる叔父(母の弟)に連絡をし、今の状態を話しました。
叔父はとてもビックリして、でも何かあったらすぐに連絡してくれ、そして電報を打ってくれ、と言われました。
札幌雪祭りの為に飛行機は満席で、緊急の場合は電報が証拠となり、優先搭乗が出来るからとのことでした。


母と私の2人きりになり、引き続き、母の様子を気にしながらパソコンで色々見ていました。
やはり呼吸が気になります。
もしかしたら、今夜? 週末は無理かもしれない、と、母の様子を見ながらそう思い始めました。

今、言わなくては。。。 と
母に対して、沢山の感謝の言葉を言いました。
ありがとう、大好きだよ
生んでくれてありがとう
幸せだよ

母の頬に自分の頬を寄せて、頭から抱きかかえるようにして、沢山お礼を言いました。
目を閉じていましたが、頷いていたように思います。

14時過ぎに、妹からLINEが入り、今からオムツ用のパッドの買い物と、帰りに病院へ行って、書類が出来ているかもしれないから行ってくる、という内容でした。

でも、「買い物はもう必要ないかもしれない、とにかくすぐに来て」と返信しました。
同時に、一番下の妹とウチの子供たちにも連絡し、来てくれるように伝えました。
みな都内で仕事中でしたが、早退してすぐにそっちに行く、と言ってくれました。

妹が来たので、「お母さんに感謝の言葉を伝えた方がいいよ」と言いました。
私と同じような感じで、妹も母に沢山言葉をかけていました。
まもなく姪っ子も来ました。

それから約30分間、ずっと3人で見守っていました。
頭をなでたり、手を握ったり、声をかけたり。
少しずつ呼吸の感覚が不規則になり、息が止まったか?と思うと、フーっとまた呼吸したりでした。
目はほぼ瞳孔が開いているのか、半分開いていました。
15時ごろに、午前中に来てくれた看護士さんがまた来てくれました。
その時、ほぼ呼吸停止状態となりました。
「救急車を呼んで下さい」と言われました。

私は、このまま看取ったらダメですか?と聞きましたが、
契約前なので、それは出来ないので、救急搬送の必要があるとのこと。

妹が救急車を呼びましたが、こういう時の救急隊からの質問が細かくて中々切らせてもらえないのです。
妹はパニック状態になっていました。
その時、姪っ子がスマホを取り上げ、代わりに的確に応答してくれました。
すぐに救急隊が到着しましたが、その際は完全に呼吸停止になったのが見てわかる状態でした。

AEDを使って、電気ショックを与えるとのことで、
よくドラマで見ていましたが、「離れて下さい」と言われ、
バンっと音がしたかと思うと、母の上半身がボンっと持ち上がりました。
妹は、「やめてください!」と叫んで泣き崩れました。
救急隊の方が、PAです(呼吸停止と言う意味でしょうか)と言い、搬送します、と言って、
担架に母を載せて部屋から出て行きました。
妹に救急車に同乗するように言い、私は自分の車に姪っ子を乗せ、そして間一髪間に合わなかった甥っ子も乗せて
病院へ向かいました。

一番下の妹とウチの子供たちには姪っ子がLINEで今の状況を説明し、
病院に来るように伝えました。



病院に着くと、救急処置室に入ったので、待合室で待っていました。
もう亡くなった事は理解していましたが、なんだか現実感がありません。
中から若いドクターが出てきて、死亡確認をご家族の皆さんと一緒に致しますと言います。
心電図での波形はまだ出ているものの、それは死の状態であることに変わりないとのことでした。
下の妹とウチの子供たちが16時頃到着、それを待って、みなで母の側に行き、
ドクターによる瞳孔反応確認をして、ご臨終です、と言われました。

みんなで母の頬に触れたり、頬を寄せたりして、お別れをしました。
その後、処置をする、とのことで、部屋から出され、遺体の搬送について聞かれたため
病院の提携の業者さんに自宅までの搬送を依頼しました。


というところで、次回に続きます。

内容が重くてすみません。
母の最期の様子を私なりに記録にしたいという思いです。

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