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前回のブログを書いて、これから母の介護をやります宣言していたのですが、
それはたった一日限りとなってしまいました・・・

辛くて悲しくて寂しくて、なかなかブログを更新する気持ちも起こらなかったのですが、
元気だったころの母との旅行の記事を読んでみて、
想い出が蘇ってきました。
もちろん今回の記録は嬉しい楽しい記録にはなりませんが、
母と過ごした最後の時間は私にとって、最後の宝のようなものでした。
自分の為に記録に残したいと思いました。


1月30日 母が退院し、私の家にやってきました。
11時頃だったと思いますが、介護タクシーにて担架に乗せられた状態で、
一か月程度過ごす母の為に準備した部屋に入りました。

「今日から私がずっと面倒みてあげるからね、安心してね!」
と言うと、母は「うんうん」と頷いていました。

介護ベッドを手配してたのですが、この日の夕方になるということだったので、
取り合えずは畳の上に布団を敷いて、そこで寝んでもらいました。

ニャンコたちウロウロ母のところに様子見に行くので、
母も「代わる代わる来るわねぇ」と、にっこりしていました。

一応、お昼ご飯の時間だったので、事前に用意していた、野菜のスープと梅ご飯を小皿に入れて
母に持っていきましたが、ここ数日ほとんど口にしていなかったので、食べるのはしんどそうでしたが、
たぶん用意した私に気を使って、頑張って、スープ2口、梅ご飯2口食べてくれました。

すごいねー、良く食べたねぇ!と、いっぱい褒めました。

食後は薬を飲まさなければならないのですが、
腎臓の薬が真っ黒い砂みたいな薬で、口に入れるとザリザリしていつまでも呑み込めないようなものです
なのでウィダーゼリーに混ぜてスプーンで少しずつ口に入れました。

それから母はウトウトと眠り始めたので、私は母の衣類をベッドの側に収納したり、
食事やお茶を飲むときに必要な吸い飲みをセットしたり、
私が部屋にいないときに母が私を呼びやすいようにカウベル(ウシだけにww)をベッドに括り付けたりしました。
また仕事を休んでいるので、横でノートPCを開いて、仕事のメールを確認したり、
部下への指示メールを送ったり
母の横で仕事と家事が両立することが出来そうじゃん、と、これからの介護生活もそんなに大変ってことないかもなぁ、と思いました。

少したって、母がトイレに行きたいというので、布団から起こして、身体を抱えて立たせ、
トイレまでヨチヨチ歩きで支えながら連れて行きました。
やはりベッドが無いと、起き上がらせるのは大変だわ、と痛感。
トイレに座らせ、「終わったら声かけてね」と言い、ドアの前で待っていたら、

ガチャン!!と音がしたので、

「どうしたの?」とドアを開けると、
母が便座に座った状態で、後ろのタンクに寄っかかるように倒れていました
顔はとても辛そうでした。

慌てて支えて、なんとか歩かせて、布団へ戻りましたが、
その後、30分以上の間、呼吸が辛そうで、顔は苦悶の表情で、
このままどうにかなってしまうのではないか、とハラハラしながら、側についていました。

この時の母の体力、身体の状態からして、トイレに行くこと自体が無理な事だったのです
ですが、絶対にオムツはイヤだと言い、どんなに辛くとも、自分でトイレに行くと言うのです。

しばらくして状態に落ち着いてきました。
夕飯は病院では食べられなかったお刺身がいいかな、と聞くと、
「うんうん」と頷きました。

妹にお寿司を買ってきてもらうように頼みました。

夕方5時過ぎに、介護ベッドが搬入されました。
同じタイミングでいつもお世話になっているケアマネさんも母に会いに来てくれました。
今後の件などで打ち合わせを部屋の外でしていたところ、
なんか人の気配がして、ふと見たら、
母がベッドから一人で降りて、ヨチヨチ歩いているではないですか!
どうやらトイレに行きたかったらしいのですが、
私たちが話し込んでいて気付いてあげられず、一人で動いてしまったのでした。
これにはビックリと共に、猛反省しました。
これは、やはり少しも目を離してはいけないわ、と。

皆さんが帰った後、妹が買ってきてくれたお寿司の中で、
中とろマグロと、母の大好きなウニを食べやすい大きさにカットして用意しましたが、
「今は要らない」と言うので、「じゃあ、もう少し後にしようね」と一旦下げました。
でも、その後、これを母が口にすることはありませんでした。
水やお茶も吸い飲みを近づけても、要らないというし、

「老衰」というのがどういう状態なのか。
ネットで沢山読みました。
母の状態に当てはまるとことが多々ありました。
木が枯れていくように、身体が何も受け付けなくなる、
本人が欲しがらなければ無理に与えなくて良い、と
不安でしたが、ムリにあげることが本人にとって辛い事にもなる、という説明もあるので、
あえて何もしないようにしました。

ぐっすり眠っているのを確認して、大急ぎでお風呂に入りました。
慌てて出てきてすぐに様子を見て、引き続き寝ている姿を見て安心しました。


夜、母のベッドの隣に布団を敷いて並んで寝ることにしました。
旅行以外に、こうやって一緒に寝るのはいつ以来だろう?
母のちょっとした動作や音も聞き逃すまい、と思っていました
元々、眠りが浅い私は、ニャンコが布団に潜り込んできたり、側に来ただけでも目が覚めるので、
そんなに難しい事ではありませんでした。

寝付いてから2時間くらいして、ふと目覚めたので、母の方を見てみると、
母が私の方をじっと見ていました。

どうしたの? トイレ?

と聞きましたが、首を振ります。

何かあったら遠慮なく言うんだよー、と会話して、また眠りに着きました。

朝5時ごろ、母がトイレ、と言いました。
「オムツにしてしまっていいんだよ?」と言いましたが、やはりトイレに行きたいとのこと。
ベッドを起こして、母を立たせ、トイレまで連れて行きます。
用を足し終わるまで待っていましたが、ほぼ何も出てなかったように思います。
座りながら、やはりとても辛そうでした。

ベッドに戻ってからは、寒い寒いというので、
ふとん乾燥機を使って、布団の内側を温めてあげました。

どう? あったかい? と聞くと、「うんうん」と頷いていました。

31日の朝になり、なんとか一晩無事だった、というのが正直な感想でした。

1日母と過ごしてみて、「時間がないかもしれない」という予感がしたのでした。




というところで、次回に続きます。


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